怪我の功名!?
少し前の話です。
通勤は電車を利用しています。その日もデイケアの業務を終え,いつも通り帰路につきました。
電車が最寄り駅に到着します。座席から立ち上がった瞬間,ふと違和感を覚えます。
「軽い」
そして気づきます。
「ない。かばんがない」
一緒に乗っていたスタッフに「かばん,盗まれたのかもしれない」と小声で伝えると,
そのスタッフは落ち着いた声で言いました。
「クリニックを出た時から手ぶらでしたよ。身軽だなと思ってました」と。
「そんなばかな。出発地点から紛失していたのか…」と心の中で思い,いろいろたどっても,全く心当たりがありません。実際は,デスクの上にかばんを置いたまま帰ったようです。自分のミスが原因であるとは思い至らず,まず盗難だ,と。
他人のせいです。失礼極まりないです。
慌てた一方,あの“手ぶらの解放感”が忘れられません。
以来,たまに手ぶら通勤をしてみたり,持ち物を減らす工夫をするようになりました。
話は変わります。
少し前に一時的な味覚障害になりました。
原因は亜鉛不足が関係していたことが判明したのですが。
ある日,いつもとは違う無添加マヨネーズを購入しました。味見をして,衝撃をうけました。何の味もありません。
べたっとした油のかたまりのような感触のみ,その油の存在感だけが圧倒的でした。
「無添加は,限界があるのか」と,丸ごと廃棄しました。今思えば,無添加マヨネーズに謝罪したいです。
失礼極まりないです。
また別の日。抹茶のど飴を購入しました。
口に入れると,はるか彼方に抹茶の香りが一瞬だけ姿を現したかと思うと,忽然と消えた,という感覚の飴でした。
まさにその表現以外にありません。それを追えば追うほど遠ざかり,そのうち,その抹茶の瞬間も現れなくなりました。
蜃気楼のような飴だな,と思いました。共感を求めて,「〇〇飴 甘さ控えめにもほどがある」「○○飴 本当に飴?」等,ネット検索しましたが,望みの情報はありませんでした。
飴は大量にありましたので,横に座っていたスタッフに「もしよければ…」と譲りました。
多方面に,失礼極まりないです。
よく行くお店で外食した際のことです。いつもと同じメニューを注文しました。
すると,今までとは全く違う薄味で,おいしく感じませんでした。
「マスター,お疲れなのかな」と,忙しく調理するマスターをぼんやり眺めながら思っていました。
もちろん,原因は私の舌です。失礼極まりないです。
「原因は,自分の味覚にあるのではないか」と早々に気づくべきなのです。それに気づくのに,半月ほど要しました。
その間,「このところ料理の味つけが乱高下しているのではないか」といわれていました。失礼極まりないことをいうものだなと聞き流してはいましたが,後になって,全ての点が線でつながりました。
今から考えると,なぜすぐに気がつかないのかな,と思います。
突然の“未知の現象”にであうと,人はつい自分の知っている枠組みで説明しようとするのかもしれません。
理屈をつけるとそんな感じですが,要するに「気のせい」や「他人のせい」にしていたわけです。
なんということだ,と思います。
一方,この時も,カバンの時同様,味覚が弱くなったのであれば,自分の味覚を敏感に研ぎ澄ましたらいいのではないかと考え,以前より,塩分量や調味料などを工夫するようになりました。豆腐や素麺などは,いまや調味料なしがすきです。
素豆腐,素素麺です。大豆や小麦の香りがよくわかります。素材の声がきこえるきさえします。
これがまさに,怪我の功名?というものですね。
今ではすっかり“功名待ち”です。そのためなら,けがは目をつぶりましょう。
K.M.





